Update: Dec. 30th, 2017

トランジスタの電流増幅率 hfe と トランジション周波数 ft の測定



トランジスタの電流増幅率 hfe とトランジション周波数 ft (hfeが1となる周波数)を測定してみましたので紹介します。


 


電流増幅率 hfe 、トランジション周波数 ft

トランジスタの電流増幅率の測定方法は、Web上でも多数紹介されていますが、いずれもDC(直流)領域での測定のようです。(直流電流増幅率)
しかしトランジスタの電流増幅率は周波数によって値が変わる hパラメータのうちの一つであり、高周波を扱う場合には直流領域よりも電流増幅率が小さくなってきます。

通常よく使われるエミッタ接地増幅回路の場合の電流増幅率は hfe と表され、これは教科書に出てくる β増幅率と同じもので、直流から周波数を上げていくと周波数の低いうちはほぼ増幅率は一定ですが、ある周波数を超えるとオクターブ6dBで増幅率が下がる特性を示します。
「オクターブ6dBで下がる」というのは、周波数が2倍になると増幅率が半分になるということで、これは別の見方をすると周波数と増幅率を乗じたもの(利得帯域幅積)が一定ということです。
そして、この特性をグラフに書くと下図のように右下がりの直線のグラフとなります。
また、増幅率が1になる、つまり増幅しなくなる周波数をトランジション周波数 ft といいます。


なお電流増幅率は、このように周波数によって変化することから直流領域での電流増幅率をhFE、交流領域での増幅率を hfe と書き表して区別する場合もあります。


測定原理

エミッタ接地増幅回路の電流増幅率 hfe の測定は、コレクタ電流をベース電流で除せばよいので一見簡単そうですが(実際、直流電流増幅率はこのようにして測定します)、実はこのベース電流の測定が結構難しいのです。



と言うのは、ベースの入力インピーダンスも周波数によって変化するので、一定の交流電圧を加えて周波数を可変させてもベースに流れ込む交流分の電流値が変化してしまうからです。
従って信号源からの定電圧信号を印可してベースを定電圧駆動するのではなく、定電圧信号を定電流信号に変換してベースを定電流で駆動する必要があります。

ところがこの場合、定電流回路の周波数特性が問題になってきます。
正確に ft を測定するには、ベース駆動用の定電流回路の周波数特性も出来るだけフラットな特性が望まれます。
初めは、高速のオペアンプなどを使って定電流回路を検討しましたが、高周波まで周波数特性が伸びている定電流回路を実現するのは難しく、いろいろ試した結果、ベース接地回路(回路図のQ1)による電圧電流変換回路を採用することでなんとか周波数特性を確保することが出来ました。

次にft の測定方法についてですが、増幅率 が1になる周波数までhfeを測定する必要は無く、hfeがオクターブ6dBで直線的に低下する特性を利用します。
つまり、hfe と周波数を乗じたものが一定なので、先ず 直流領域でのhFE を測定しておいて、次に増幅率が半分になる周波数 fc を測定し、 hFE / 2 と fc を乗ずればそれが ft となります。

また、エミッタ電流(ほぼコレクタ電流に等しい)の取出し方にも注意が必要です。
実験したところ、供試トランジスタのエミッタに抵抗を接続し電流を電圧に変換してオシロスコープで観測しようとすると周波数特性に暴れが出るようです。
そのため、供試トランジスタのエミッタに電圧が発生しないように、ここにもベース接地回路(回路図のQ2)を使い、ベース接地回路で電流電圧変換してからオシロスコープを接続するようにしました。

測定治具の回路図を示します。

測定治具の回路図



製作した測定治具

 エミッタ電流調整用のボリュームは多回転型を使用した方が良い


測定方法

測定には、デジボル2台、正弦波信号源、オシロスコープが必要です。

(1) 先ず最初に、直流電流増幅率 hFE を測定します。

  供試トランジスタを測定治具に接続します。
  この測定治具では供試トランジスタに印可されるコレクタ・エミッタ間電圧 Vce が10Vとなるように設計してあります。

  ベース電流を測定するため、 Ib+ Ib- 端子に10uVまで測定できるデジボルを接続します。
  またエミッタ電流を測定するため、OUTPUT端子にも別のデジボルを接続します。

  エミッタ電流が 0.1mA~0.5mAの場合、JMP1をショート、JMP2をオープン、エミッタ電流が0.5mA以上はJMP1オープン、JMP2をショートしておきます。
 
  エミッタ電流Ie調整用ボリュームを電流最小側に回しておきます。
  次に測定治具に電源15Vを接続しますが、供試トランジスタにラッシュカレントが流れるのを防ぐためにスイッチをOFF側にしてから電源を接続します。

(2) スイッチをMESURE側にすると供試トランジスタにエミッタ電流Ieが流れ始めるので、所定の電流となるようにボリュームを調整します。
  このときベース電流 Ib は、Ib+ Ib- に接続したデジボルの電圧をVbとすると Ib = Vb / 1kΩで求まります。
  また、エミッタ電流 Ie は OUTPUT端子に接続したデジボルの電圧をVeとすると Ie = Ve / 1kΩ (JMP2オープン時)、 Ie = Ve / 100Ω (JMP2ショート時)で求まります。

  求める直流電流増幅率 hFE は、 hFE = Ie / Ib となります。

  スイッチをOFF側にして電源を切ります。

(3) 次は交流電流増幅率 hfe の測定です。
  先ず、所定の直流エミッタ電流が流れるように調整してから、測定治具のSG端子に正弦波10kHzの信号源(出力インピーダンス50Ω)を接続します。
  測定治具のOUTPUT端子にオシロスコープを接続し、OUTPUTのレベルが50mVppとなるように信号源のレベルを調整します。
  
   OUTPUTのレベルが50mVppとなるように信号源を調整


(4) 信号源の周波数を上げていき、OUTPUT端子のレベルが半分の25mVppとなる周波数 fc を求めます。
  信号レベルが小さく、波形にかなりノイズが乗るので測定には少々スキルが必要かも知れません。。。  

   OUTPUTのレベルが25mVppとなる周波数を求める

  トランジション周波数 ft は

  ft = fc * hFE / 2

  で求まります。

 なお、OUTPUT端子にオシロスコープのプローブを接続するとその容量の影響で高域の周波数特性が低下してしまうので、出来るだけJMP2をショートして
 100Ω側で測定するようにします。(1mA以上は100Ω側とする)


測定結果

2SC1815-GR

破線は、hFE/2のポイントから -6dB/oct の直線をひいたもの


2SC1815-Yなどいくつか測定してみましたが、ft はいずれも 300MHz程度のようです。
古いメーカデータによると2SC1815はエミッタ電流を増やすと ft が500MHz程度まで延びるようなデータが示されているようですが、現在流通している物は、そこまで ft は延びていないようです。

秋月でセカンドソースの台湾製 2SC1815L が販売されています。
同じような特性なのか、測定してみました。

2SC1815L-GR



2SC1815-GR と 2SC1815L-GR の ft 比較



2SC1815-GR と 2SC1815L-GR は ft についてはほぼ同じ特性を示しました。


2SC1906





2SC1906 は 規格どおり ft が 1GHz 以上あるようです。
ただ、hfeが半分となる周波数が 10MHz くらいあります。
これ以上高い周波数になると本測定治具のベース接地回路 Q1,Q2 の周波数特性が影響して誤差が増えますので、ft 1GHz程度までのトランジスタが測定の限界だと思います。


各種トランジスタの ft 比較





ロームの汎用トランジスタ 2SC1740S が意外に ft が高く(規格ではTyp. 180MHz at Ie 2mA)、500MHz程度まで延びているようで、2SC1815より高周波向けです。
また規格上の最大コレクタ電流が20mA である 2SC1923 は、確かに 20mAを超すと急に ft が低下します。

測定治具のベース接地回路Q1の周波数特性

測定治具のベース接地回路Q1の周波数特性が ft の測定限界に影響するので周波数特性について考察してみました。

供試トランジスタのhfeが高い場合、Q1のコレクタには、最小で 0.2uA 程度の電流しか流れません。
いかにベース接地回路の周波数特性が良いといっても 0.2uA しか流れないときの周波数特性はかなり悪くなっている可能性があります。
しかしながら、こんなに小さな電流しか流れていない時の周波数特性を実測するのはかなり難しいので、回路シミュレータでシミュレーションしてみることにしました。

下図は、Q1のコレクタ電流(従って供試トランジスタのベースに流れ込む電流) を 0.1uA としたときのコレクタ電流の周波数特性です。
だいたい2MHzくらいまでほぼフラットな特性となっています。
0.1uA ということは、供試トランジスタのhFE を500とした場合、供試トランジスタのエミッタ電流は わずか50uA ということになるので、この場合 hfeが半分になる周波数は2MHzより低いと思われます。
従ってQ1の周波数特性は2MHzまでフラットであれば充分と判断されます。





同様にQ1のコレクタ電流を 1uA , 10uA , 100uA とした場合のシミュレーション結果も示します。













Q1のコレクタ電流が 100uA の場合、周波数特性は 10MHz 以上までフラットとなります。
この場合、供試トランジスタの hFE が 50 としてもエミッタには 5mA の電流が流れることになり、供試トランジスタの hFE が半分になる周波数も数MHzまで上がってくると思われますが、Q1の周波数特性はこのhFE が半分になる周波数を充分カバーしてくれます。

最後に

hfe が周波数によって低下するグラフを一度見てみたくてこの実験を始めたのですが、ベースからの信号注入方法が思いのほか難しく、いろいろ試行した結果、本回路の方式に落ち着きました。
hfe を実際測定してみると汎用のトランジスタなどは数百kHzあたりから、もうhfeの低下が始まっていることが判りました。少し意外な感じがしています。