Update
: Mar. 20, 2012
ガイガーカウンターの製作
あの忌まわしい福島原子力発電所の事故以来、放射線の恐怖が身近なものに感じられ、線量計を製作することにしました。
とは言っても私自信、ガイガーカウンターや放射線測定に関する知識を持っていないため、先ず宇都宮泰先生が主催されている「ガイガーカウンター製作&計測ワークショップ」(第7回 2011.11.20 開催。 京都・伏見 そうぞう館にて) に参加してみました。
今回製作したガイガーカウンターは、宇都宮先生の提唱されている「定確度計測」の理論に基づき、計測値に対して誤差がどの程度含まれるかをパーセント表示する仕様にしていますので、カウント数が多くなるほど誤差が小さくなり計測値が安定します。
市販されているガイガーカウンターにはこのような仕様のものは無く、平均値(あるいは移動平均)で表示するようです。
しかし放射線は非常にランダムに発生するため、単位時間当たりの平均や移動平均だけで表示するものは計測値がいつまで経っても安定しません。
また、一般的には線量の単位に線量当量シーベルトが使用されていますが、正確に線量当量を把握することはかなり難しく、核種を特定をしたうえで被爆した体の部位毎に計算されるべきもので、一概に「何シーベルト」と言えるものではありません。
ガイガーミューラー管は放射線を数えるだけでエネルギーを把握することは出来ませんので、シーベルトへ変換することには無理があります。
ということで、今回製作したガイガーカウンターは、あえてシーベルトへの変換はしておらず、1分間のカウント数( cpm )の表示のみを行っています。
どうしてもシーベルトへの変換がしたい場合、使用しているガイガーミュラー管 ( 旧ソ連製のSBM-20 ) のスペックにコバルト60 に対して 150cpm = 1uSv / h という記載がありますので、この値を採用します。( cpm とシーベルトは比例しますので、例えば 300 cpm なら 2uSv/h )
定確度計測について
比較的低線量の放射線の場合、その発生はポアソン過程と呼ばれる確率統計論によって説明され、発生頻度はポアソン分布することが知られています。
ポアソン分布では、計測したカウント数をNとすると、そのカウント数には±N^1/2
の誤差(偏差)が含まれます。この誤差は計測カウント数のみに依存し、計測時間には関係ないというところが重要です。
総計数 = N ± √N
従って、「10分間計測したデータ」 同士を比較しても意味が無いということになります。
あくまで例えば「100」カウントするのに要した時間が長いか短いかでデータの大小を比較する必要があるわけです。
従って、データの記録には cpm値とともに計測に要した時間とその総カウント数も記載する必要があります。
このように誤差が確定された計測値を扱うことをガイガーカウンター製作&計測ワークショップの宇都宮先生は「定確度計測」と呼んで推奨されています。
ガイガーミュラー管について
旧ソ連製のSBM-20 というガイガーミュラー管を使用しています。
この管は、チェルノブイリ原発事故の際に大量に生産された物のデッドストックのようで、先の「ガイガーカウンター製作&計測ワークショップ」で参加者に頒布されたものです。
ガイガーミュラー管の中では、結構感度が良く、かつ堅牢な構造になっており、市販されているガイガーカウンターの多くはこの管を採用しています。
ただ、堅牢といっても筐体は厚み50um の薄いステンレスの管なので、チョッとした力でへこんでしまいますから取り扱いには注意が必要です。
このガイガーミュラー管はベータ線とガンマ線の両方に反応します。ガンマ線のみを測定する場合には、管を厚さ3mm以上のアルミニウムで覆い、ベータ線を遮断して測定します。
通常、線量当量の測定には、ベータ線は計量に入れず、ガンマ線の量のみで評価します。それはベータ線が透過力が弱く、皮膚下1cmほどで止まるからだそうですが、ほんとうにそういう考えでいいの?という気はしますが。。
ただ、ベータ線は飛距離も無いので、1メートルも離れるとほとんど計測されなくなりますので、空間線量を測定する場合には特にベータ線遮断を行わなくてもOKと思われます。
駆動電圧は、管の推奨値が400Vですが、回路に使用しているFET とコンデンサの耐圧の制限から、380Vで駆動しています。
ガイガーミュラー管 SBM-20
SBM-20 の主なスペックを記載します。
封入ガス :ネオン、アルゴン、ハロゲン(臭素)
推奨動作電圧 :400V
推奨アノード抵抗: 5.1MΩ
動作電圧範囲 :350V - 475V
プラトー長 :最小100V
プラトー傾斜 :最大10% / 100V
デッドタイム :最小190uS(at 400V)
アノード容量 :4.2pF
寿命 :2 x 10^10 パルス
ガンマ線感度 :22 cps/mR/h ( 60Co )、 29 cps/mR/h ( 226Ra )
ガンマ線感度については、 コバルト60 について 22 cps/mR/h と記載されているので、1分間では
1320 cpm/ mR/h 。
1mR/h = 8.77uSv/h なので、約150cpm = 1uSv/h ということになります。
封入ガスのハロゲンは、1発パルスを出した後で、管の放電を止める(クエンチ)役目をしています。
回路について
ガイガーカウンターの製作例には、高圧トランスを用いたものが多いですが、今回製作したものは「コッククロフト・ウォルトン昇圧回路」と呼ばれる回路でガイガーミュラー管の駆動に必要な高圧(
DC380V )を得ています。この回路は倍電圧整流を何段にも積み重ねたものと見ると理解しやすいと思います。
今回製作したものは、1段あたり95Vの回路を4段積み重ねて380Vまで昇圧しています。
この回路の利点は、使用しているコンデンサとダイオードの耐圧が1段分に絶えられるもので良いこと
( 従って耐圧95V以上あればよい ) と、段数を積み重ねれば好きな高電圧が得られる点です。
トランスを用いた回路の場合には巻数の変更、あるいは駆動dutyや電源電圧の変更等が必要で、その場合トランスの耐圧や磁気飽和など、いろいろ設計上の厄介な問題が生じます。
基板は、ユニバーサル基板を使用しました。制御部は液晶表示器の下にちょうど収まるほどの面積に詰め込みました。
逆に高圧部は、絶縁のため沿面距離が必要ですので、ユッタリと部品を配置するようにします。
アノードへ接続するリード線もテスターのプローブに使用されているような高耐圧のものを使用します。
液晶表示器を外したところ。ピンクで囲んだ部分がコッククロフト・ウォルトン回路
回路図を示します。
コッククロフト・ウォルトン昇圧回路には、オペアンプで負帰還をかけていますのでかなり低インピーダンス出力になっており、ガイガーミュラー管からパルスが出力されても高圧はビクともしません。
また負帰還をかけない一般的なトランス型昇圧回路の場合、高圧の測定のためにデジボルを繋ぐと
( デジボルの内部インピーダンスのために ) 電圧が低下してしまい正確な測定ができませんが、本機の場合はほとんど電圧が低下しませんのでほぼ正確な測定が可能です。
コッククロフト・ウォルトン昇圧回路の出力特性を示します。
1.1mA 流しても(負荷333kΩ相当)、電圧降下は8V程度です。380uA (負荷1MΩ相当)では、2.4V程度しか電圧が降下しません。
高圧としては結構安定していますが、うっかり高圧出力に触ってしまうと相当ビリッとくると思いますので、回路検討に当たっては充分注意して下さい。
さらにこの高圧回路であれば、例えば計数率を上げるためにガイガーミュラー管を数本パラに接続するような回路でも充分に駆動できると思います。
なお、実際の回路では、電源部に低ドロップ型の3端子レギュレータ XC6202P50 を使用しており、内部の電流制限機能により約250mAで電源が遮断されるので、、高圧や FET の短絡事故に関してある程度保護されます。
発振回路はC-MOSタイプの LMC555 を使用しています。オペアンプからのエラー信号を受けてPWMでON-DUTY
をコントロールしています。(発振周波数約310kHz)
オン期間が2.4uS でこの間に 100uH のコイルにエネルギーを蓄え、0.8uS のオフ期間にこのエネルギーを放出してFET
(2SK2201) のドレインにピーク値95V のパルスを得ます。このパルスを4段積み重ねて380Vとします。
ガイガーミュラー管からの計測パルスにはノイズが重畳する場合があり、カウントミスすることがありますので、カソードの抵抗の両端に
100pF のコンデンサを挿入しています。
また、ガイガーミュラー管のアノードの高抵抗(4.7MΩ x 2) は、最短距離で管と接続します。
この距離が長いと浮遊容量が発生してガイガーミュラー管がターンオンしたときにこの浮遊容量からの電流が付加されて電流が増えてしまうため、管の寿命に影響します。
また、管のアノードの抵抗も出来るだけ高抵抗にしておいた方が寿命には良いようです。(管の推奨抵抗は5.1MΩですが。)
高圧回路(FET のパルス発生回路やコッククロフト・ウォルトン回路まわり)からも、かなりノイズが出ており、これもガイガーミュラー管からの計測パルスに重畳するようです。
高圧回路とガイガーミュラー管との間をアルミ板や銅箔テープなどでシールドするとノイズ低減効果があります。(シールド板をグランドする。ファラデーシールド)
アノード抵抗には380Vの電圧がパルス状に印加されます。抵抗器はパルスや湿度で劣化するため、耐圧の高いものを出来れば2本シリーズで使用します。
本機では、酸化金属皮膜タイプの耐圧500V品を2本シリーズで使用しています。
回路全体の消費電流は約20mA ですので、アルカリ型の006P 9V電池(容量約600mAH)でも30時間程度は動作するはずです。
回路の調整は1箇所のみです。液晶表示器に表示されているガイガーミュラー管の印加電圧が380Vとなるようにボリューム10kΩを調整します。
なお、LMC662 の2ピンに接続されている22kΩの抵抗のバラツキによってLCDに表示される印加電圧に若干誤差が生じることがあります。
その場合は、22kΩをボリュームにして調整すれば誤差をなくせます。
使用部品について
一番、入手の難しそうなものは、やはりガイガーミューラー管でしょう。
Webで購入するしかないと思います。
ただ、東日本の大震災前までは、SBM-20 も 100円以下で買えたようですが、今は相当な値段に高騰しているようです。(¥5000~!)
私は、今回製作したものとは別に、2本のSBM-20を知人に分けてもらいました。その知人はロシアから直接購入したそうですが不良が多くて、半分くらいNG品だったと嘆いていました。(NG品はクエンチが出来ず、1発パルスが出るとその後、何発も続けてパルスが出てくるそうです。)
FET は ドレイン耐圧100V の 2SK2201 を使用していますが、スペックギリギリなので
2SK2382 (耐圧200V) を使用した方がベターかも知れません。
ただパルス波高値 125V くらい ( 出力500V相当)までなら破壊することはないようです。
2SK2382は、ゲートの容量が大きいですが、回路諸元はそのままで 2SK2382 へ置き換え可能です。
どちらもマルツパーツで購入できます。
左が 2SK2201、右が 2SK2382
コッククロフト・ウォルトン昇圧回路のダイオードは耐圧250Vの高速スイッチング用
1SS83 です。これもマルツパーツで購入しました。
また、フィルムコンデンサも耐圧100V品を使用していますが出来れば250V品の方がよいでしょう。ただし、サイズがかなり大きくなってしまいます。
100uHのコイルは大阪日本橋のデジットで10個300円で購入した円筒形のもの(TDK製)です。(写真左)
このコイルは300mA 以下なら磁気飽和しないようです。(5Vで使用する場合、オンデューティー6uS以下ならOK)
また、写真右のようなアキシャルタイプのマイクロインダクタでも使用できます。磁気飽和をさせないように出来るだけサイズの大きなものを選んで下さい。
左の円筒形のコイルを使用した
発振用のタイマーICは C-MOSタイプの LMC555 を使用しました。 C-MOSタイプの555は各社から発売されていますが、必ず
LMC555 を使用して下さい。
他社のものは若干動作が異なる場合があり、回路図の諸元では設計どおりに動かないかも知れません。
負帰還用のオペアンプも C-MOSタイプの LMC662 です。
このオペアンプは単一電源で使用でき、出力がレールツーレールになっていますので出力はほぼ電源電圧まで振れますが、同相入力については電源電圧
- 約2V までしか入力できません。
従って、ボルテージフォロアのような使い方の場合には注意が必要です。(入力範囲を超えると出力が電源に張り付く)
電源には低ドロップタイプの3端子レギュレータ XC6202P50 を使用しています。このICは低ESR対応なのでセラミックコンデンサ負荷でも異常発振しません。
また、内部に約250mAでフの字垂下する保護回路が入っていますので、短絡事故にも安心です。秋月電子で購入できます。
ガイガーミュラー管への接続にはヒューズクリップを使用します。管へ直接ハンダ付けすることはNGです。
ソフトウェアの仕様
マイコンには PIC873A を使用します。クロックは時間の算出が容易なように 4.194MHz
(2の22乗)のクリスタルを使用しました。
表示器には cpm値、計測経過時間、cpm値に対する誤差%、ガイガーミュラー管に印加されている電圧、および総カウント数が表示されます。
なお、ここでいう誤差とは標準偏差を%に換算した値なので±%を意味します。
カウント数をN、計測時間をT [ sec ] とすると演算は下記のように行っています。
誤差 = √N / N * 100 [ % ]
cpm = N / T * 60
従って、カウント数が増えるほど誤差が小さくなり、cpm値も安定してきます。(
cpm : Count Per Minute 1分間当たりのカウント数 )
表示器の計測値はリセットスイッチを押すと高圧以外は全てゼロクリアされ、計測が再スタートします。
LCDの表示
ガイガーミュラー管からのパルスはRB0ピンを使用して割込みでカウントしています。
また時間はTIMER1 のオーバーフロー割込みで計測しています。
ガイガーミュラー管からのパルスを割り込みで処理しているため、あまり高速なパルスはカウント出来なくなります。
信号発生器から矩形波で約500Hz (30000cpm相当) を入力したあたりで限界のようです。
実際の放射線パルスはランダムで、1発パルスが来て直ぐに次のパルスが来ることもあるので、1/10
の 3000 cpm くらいが本機の計測限界だと思われます。
電源(電池)電圧の監視も行っています。
RA0ピンで電池の電圧をA/D変換して、約5.3Vまで低下するとLCDにアラームを出して計測を中止します。
ソフトウェアはこちらからダウンロードできます。
なお、高線量の場所で、PICマイコンが正常に動作するかどうかはわかりません。放射線のエネルギーによって、マイコン内部の1/0が書き換わってしまうかも知れません。
PICが誤動作するような高線量の場所には、そもそも立ち入らないことですHi。
データの実測
特に放射線源が無くても自然界には僅かながら放射線は存在しており、その値はガイガーミュラー管
SBM-20 で だいたい 20cpm くらいになります。
出来上がったガイガーカウンターで周りの環境の放射線を測定してみました。
先ず、庭先で栽培しているダイコン畑の土を測定してみました。
ダイコン畑の土を計測
チョッと見にくいが 21cpm を表示。バックグランドレベルと変わらず。(カウント数310, 計測時間 851sec)
続いて庭の芝生を計測
芝生計測中
芝生データ。22cpm。こちらもバックグランドレベルと同じ。(カウント数363, 計測時間 963sec)