オーディオアンプIC LM386のミューティング回路の実験

定番オーディオアンプ IC である LM386 にミュートをかける方法を検討してみました。
この回路を使うと無線機の送受信切替時に伴う「ブツっ」音を解消出来るかもしれません。

なお、LM386は、電源(Vccライン)をON/OFFする際、Vccがあるスレッショルドレベルを横切るときにも「ブツっ」音を発生します。
この「ブツっ」音は、IC自体から発生するものなので、ここで説明するミュート回路でも取り除く事が出来ません。
従ってLM386を無線機に使用する場合、送信時受信時ともICの電源を供給したままの回路にすべきです。
なお、無信号時にLM386に流れる電流は、約5mAほどです。
移動用QRP機などは、1mAでも電流を減らしたいところですが、高品位を目指すなら、これくらいの電流ロスは、致し方ないと思います。



さてミュート回路ですが、オーディオ回路にミュートをかけること自体はそれほど難しくありません。しかし通常、ミュートをかけた瞬間に「ブツっ」というポップ音を発する場合が多いようです。
簡易的な用途にはこれでもかまいませんが、ミュートをかけているのにノイズが出るようでは、何をやっていることか分かりません。

IC メーカのデータシートには、下記のようなミュート方法が紹介されていますが、いずれの方法も IC 内部のDCバイアスを変えることによりアンプの動作を殺すもので、やはりバイアスの変動に伴うポップ音が発生してしまいました。



そこで、IC自身でミュートするのは諦めて、入力ピンをトランジスタスイッチで接地することによりミュートする方法を実験してみました。

ミュートに使用したトランジスタ 2SC2878 は、ミューティング用の石でリバースHFE、いわゆる”逆トラ”のHFEがとても大きく、標準で150もあります。
通常のH
FEは、図2-Aの場合であり、エミッタに対してコレクタが正の電位の電流増幅率です。
それに対して、リバースH
FEは、図2-Bのようにエミッタに対してコレクタが負の電位のときの電流増幅率をいいます。



トランジスタでLM386の3ピン (ほぼグランド電位となっている) をミュートする場合、3ピンに正弦波が入力されているとすると正の半周期のミュートは、トランジスタにとって順方向のHFEが作用しますが、負の半周期は、リバースHFEが作用することになります。
従って3ピンをミュートする場合、”逆トラ”のH
FEが充分大きなトランジスタを使用する必要があります。

ところが、2SC1815 など汎用のトランジスタの”逆トラ”H
FEはとても小さく、実測してみましたが10以下しかありませんでした。
ということで、このミュート回路では、2SC2878 を使用しています。


ところで、図1の場合、LM386の3ピンは、ほぼグランド電位であると言いましたが、厳密には、IC内部の入力段のベース電流により約12.5mVのオフセットバイアスが発生しています。
この3ピンをトランジスタでミュートすると2SC2878 の コレクタエミッタ間の飽和電圧VCE(sat)が小さいため、0.5mV程度までバイアス電位が低下します。
従ってこのままでは、ミューとした瞬間に3ピンのDCバイアス変動が発生し、ポップ音を発生させてしまいます。

そこで、ミュートしていない時の3ピンのDCバイアスを下げる目的で、図3のように Roffset を挿入します。
このRoffsetにより、3ピンのDCバイアスは、0.5mVぐらいとなり、2SC2878でミュートしたときとほぼ同じ電位となるわけです。




なお、VCE(sat)の値は、トランジスタのベース電流によって変わりますので、Roffsetの値もカット&トライの必要があります。
VCE(sat)については、通常コレクタ電流がある程度流れている場合は、ベース電流を大きくするとVCE(sat)が小さくなりますが、この回路のようにコレクタ電流をほとんど流さない場合、ベース電流が大きくなるとVCE(sat)は、逆に大きくなります。


さて、図3の回路のミュートのかかり具合ですが、ミュートONの瞬間のポップ音は、問題ないレベルまで解消できました。しかし、まだミュート解除の瞬間に「プツ」という音が残ってしまいました。

そこで、今度は、トランジスタのベースをゆっくり立ち上げ、立ち下げするように図4のようにベースにケミコンを挿入したところ、ミュートON/OFF時のポップ音をほぼ消す事が出来ました。



なお、図4の回路諸元は、MUTE信号が Highレベル12Vの時のものです。
MUTE信号が5Vの時は、R1の値を15kΩ程度にします。


また、ベースのケミコン10uによる時定数の影響でミュート動作が約30mS遅れます。従ってその分、ミュート信号を早めに出す必要がありますので、ミュート制御回路に工夫が必要です。
どうしても30mSの遅れが許容できない場合は、ケミコンの容量を減らすとOKです。(この場合、ポップ音が若干増えます。)



図4の回路に正弦波1.5kHzを入力して、ミュートのかかり具合を確認したところ、ミュートONでスゥーッと音が消える感じで、ポツ音も無く、非常に気持ちのいいミュート回路に仕上がりました。

ミュート時の減衰量は、信号源インピーダンスが600Ωのとき、-40dB 程度でした。減衰量は、信号源インピーダンスに依存し、信号源インピーダンスが大きいほど、減衰量も大きく取れます。
逆にエミフォロの出力をINPUTラインに接続しても、あまりミュート効果は期待できないと思います。




パワーオン/オフ 時のミュート回路 ( Mar.13,2005 追加)

パワーオン/オフ時にブッという音がする問題は、IC自身がノイズを発生させているため、上記のミュート回路でも解決出来ません。
そこで、最初に説明したICメーカのミュート方法のなかで、7ピンをVccに接続する回路でパワーオン時のボッ音をミュートする回路を実験してみました。





図5-AのICメーカのデータシートの回路をトランジスタスイッチで構成したものが図5-Bです。
トランジスタのベースのC Rによる時定数により、パワーオン時、暫くの間だけ7ピンがVcc電位になってミュートが掛かる回路です。
ところが、確かにパワーオンの瞬間のボッ音は完全に無くなったのですが、トランジスタがOFFしてミュートが解除され、7ピンの電位が本来のICのバイアス電位になった瞬間に、やはりボッという音がしてしまいました。これでは、ミュートしている意味が有りません。

そこで、もっとシンプルに6ピンと7ピン間に電界コンデンサ10uFを接続してみたのが、図6の回路です。




この回路は、パワーオンの瞬間だけ電界コンデンサに充電電流が流れて、7ピンの電位がVcc近くになりミュートをかけるものです。
この方法は、シンプルな割りにバッチリ動作してくれ、ミュート解除時のボッ音も全くありません。
おまけにパワーオフ時にも電界コンデンサに暫くチャージが残っているので、パワーオフ時のボッ音にも効果があります。

尚、7ピンに接続しているダイオードは、パワーオフ時に電界コンデンサの放電により、7ピンの電位がマイナスに振れ込んでICが破壊するのを防止する為に挿入しています。


注意:
6ピン7ピン間にコンデンサを接続する方法は、ICメーカが保証しているものでは有りません。
使用に当たっては、自己責任においてお願します。
( ICメーカのデータシートでは、7ピン⇔グランド間にコンデンサを接続して出力に現れる電源リプル成分を除去する方法が紹介されているので、7ピン⇔電源間にコンデンサを接続しても、特に問題ないように思いますが。 )