E級アンプの実験
UPDATE : Jan. 17th 2022
高効率を実現する E級アンプを実験してみました。
Q の低いマイクロインダクタを使用しても
効率 70% 程度は簡単に達成します。
このページでは、実験結果、動作原理解説、そして各諸元を自動的に求められるエクセルの計算シートもダウンロードできます。
E 級アンプは、ARRL の隔月誌 QEX Jan/Feb 2001 に "Class-E RF Amplifiers"
として WA1HQC ネイサン氏の論文が掲載され、広くアマチュアにも知られるようになりました。
その後、日本の JARL QRP クラブのメンバー JA1XB, JH1FCZ, JA1KEG, JK1OLP, JA3PAV の各氏がプロジェクトチームを組んで追試を試み、E 級アンプに L マッチを追加して 50Ω にマッチングすることができる、一見パイ型フィルタのようにも見える回路の変更を行い、その結果、回路の簡素化と調整の簡易化に成功させています。
詳細は、「km per Total Power 推進プロジェクト E級アンプ設計.pdf」 として今でも Web で検索できますので、興味のある方はご覧ください。
パイ型フィルタ様の E 級アンプ
E 級アンプはトランジスタの ON / OFF 時の遷移過程でゼロ電流スイッチング (ZCS) とゼロ電圧スイッチング (ZVS) を実現してトランジスタのスイッチングロスを減少させることにより高効率を達成します。
QEX Jan/Feb 2001 "Class-E RF Amplifiers" から引用
この図のように電流が流れている期間には電圧がゼロとなるようにして電流と電圧が重なる期間を無くす (ZCS, ZVS) と損失をゼロとすることができます。
しかし、実際の E級アンプでは、原理的にトランジスタの ON → OFF の遷移時には ZCS にすることができず下図のようになりますが、そのタイミングで電圧は ZVS しているので損失は僅かで済みます。
実際の E 級アンプのトランジスタ電圧、電流波形
WA1HQC ネイサン氏の発表した近似式をもとに、先の JARL QRP クラブのプロジェクトチームが L マッチを付加した回路の諸元を自動計算するエクセルシートを配布されていましたが、今は Web では検索できないようです。
そこでそのエクセルシートに更に手を加え、計算結果よりも実験結果の方の出力が小さめになってしまうことを補正し、また回路動作に影響する L1 の値も自動で求められるように修正を加えた計算シートを作成してみました。下記からダウンロードできますのでご自由にお使い下さい。
E級アンプ負荷ネットワーク自動計算シートのダウンロード
この計算シートは出力 1W 以下の低電力での実験結果と整合させるために WA1HQC ネイサン氏の近似式から電源電圧を単純に 1.4V 自動的に低くなるように設定してあります。
大電力の場合は確認していませんので計算シートの結果と合わないかも知れません。その場合は、電源電圧に入力する数値を補正してみて下さい。
WA1HQC ネイサン氏の式は、1.7879 < QL での近似解としてあたえられているので、低電圧、低出力として QL が 1.7879 より小さくなる場合は、電源電圧に対する出力の誤差が大きくなるのかも知れません。
なお、ネイサン氏は、QL に対する電源電圧と出力の関係を下記のようになると記述しています。(Vo はトランジスタ ON 時のサチレーション電圧)
QEX Jan/Feb 2001 "Class-E RF Amplifiers" から引用
E 級アンプの実験
実験は、エンハンスメント MOS FET の 2N7000 で行いました。
実験回路
実験する周波数は7メガヘルツ、電源電圧 Vcc は12ボルトです。
先ず、先の計算シートで求めた諸元のまま、回路を組んでみます。
L1, L にはマイクロインダクタを、C1 にはトリマーコンデンサ、 C はバリコンを使用しました。
L は 2.2uH の固定値とし、計算シートから L が 2.2uH 程度となるよう P, Q を選び、 C1 と C を求めます。
その結果、Vcc = 12V, P = 0.95W, QL = 1.40 のとき、L= 2.19uH となり、このとき C1 = 151pF, C = 326pF と求まりました。
C1 のトリマーコンデンサを 2N7000 のドレイン容量 20pF と オシロのプローブ容量 10pF を差し引いた 121pF にセット、C のバリコンは 326pF となるように調整して回路を動作させたときの波形を下記に示します。(電流プローブを持っていないので電流波形の観測は行っていません)
上 ドレイン波形、下 ゲート波形
何も調整しておらず、計算シートどおりの値で組んでみただけですが、このようにそこそこ ZVS ぽい波形が得られ、効率 η は 67% です。
(Pout=0.88W Pin=1.31W Ivcc=109mA)
波形中のカーソルは、ゲートが2ボルトになるタイミングを示しており、このときが 2N7000 の ON/OFF タイミングと見立てています。
なお、デューティーは 50 % となるように信号源を調整しています。
次に C1 と C を微調整してベストの状態にして見ます。
上 ドレイン波形、下 ゲート波形
このとき、C1=141pF, C=364pF (ドレイン容量とプローブの容量を加算した値), 効率 η は 71 % (Pout=0.95W Pin=1.34W Ivcc=112mA) となりました。
コイルにはあまり Q の高くないマイクロインダクタを使用していますが、なかなかの高効率です。Q の高いコイルを使用すればもっと良くなるかも知れません。
この時の出力抵抗 47 Ω の両端波形を下図に示します。(歪がありますが、サイン波と仮定した場合の出力は 0.95W となります)
上 出力波形、下 ゲート波形
先の WA1HQC ネイサン氏の論文"Class-E RF Amplifiers" には 各諸元を調整した場合の波形の動きが示されており、OFF → ON 時の電圧が ZVS となるように調整するとされています。
QEX Jan/Feb 2001 "Class-E RF Amplifiers"
から引用
実際に C1 と C を可変した場合の波形を下図に示します。上の図の C2 の動く方向が L マッチを付加した回路の C の動く方向に対応しています。
C1 減少 (OFF→ON のタイミング前にドレイン電圧がゼロとなる)
C1 増加 (OFF→ON のタイミングの時のドレイン電圧が残る)
C 減少 (OFF→ON のタイミングの時のドレイン電圧が残る)
C 増加 (OFF→ON のタイミングの時のドレイン電圧がマイナスに振れこむ)
図で見ても動く方向が微妙で判りにくいですが、実際にバリコンを回しながら観測すると動く方向が良く判り、調整は意外と簡単です。
E 級アンプは、ON / OFF の Duty が 50% のときに最適化される回路です。
Duty が 50% 以外の場合は、効率が低下し、波形も乱れてきます。
Duty を可変した場合の E 級アンプの効率の変化を下記に示します。50 % ± 10% の範囲なら何とか調整できますが、これ以上 Duty を可変させると計算シートの値からかけ離れた値となってしまうようです。
E 級アンプの実験の様子
次に出力をオープン/ショートした場合にトランジスタが壊れてしまうことがないか、確認してみました。
出力オープン:Ivcc = 64 mA Vds(peak) = 46 V トランジスタ破壊せず
出力ショート:Ivcc = 30 mA Vds(peak) = 34 V トランジスタ破壊せず
無線機のファイナルに使用する場合、 SWR の悪いアンテナをつないでもファイナルが壊れてしまうことはなさそうです。
続いて出力のスペクトルも観測してみました。
E 級アンプの出力スペクトル
総務省の新スプリアス規格に従って参照帯域幅 (RBW) を 10kHz にして観測しています。
新スプリアス規定では出力 5W までの場合、スプリアス領域での不要発射は 50uW (-13dBm) 以下と定められています。
オシロで見ても歪が判る波形なので、観測結果ではかなり高調波が立っており、2次高調波 (14MHz) のレベルが +11dBm ほど出ています。
3次高調波は -13dBm 程度で規格ギリギリです。
次に新スプリアス規格で定める帯域外領域 (中心から±10kHz) とスプリアス領域 (帯域外領域の外側) の境界付近を観測してみます。
帯域外領域とスプリアス領域の境界付近 RBW 10kHz
規格に従い、参照帯域幅(RBW) 10kHz で測定すると、中心の 7MHz のキャリアを拾ってしまってすそ野が広がり、中心から +10kHz のレベルが 0dBm と観測され規格オーバーとなります。
そこで、参照帯域幅(RBW) を 300Hz にして観測すると
帯域外領域とスプリアス領域の境界付近 RBW 300Hz
このようにすそ野が低くなり、中心にキャリア周波数のきれいなスペクトルが立つようになりました。
ただしこの場合、規格よりも参照帯域幅(RBW)を狭くしたことにより観測されるエネルギーがその分だけ小さくなってしまうので、規格値に対して補正が必要になります。
補正した規格値 = 元の規格値 + 10Log (10kHz / 300 Hz)
よって 10Log (10kHz / 300 Hz) = 15.2dB 厳しい規格値で判定する必要がありますが、上の観測結果から帯域外領域とスプリアス領域の境界付近の不要発射(中心から±10kHz を少し過ぎた付近)は規格をクリアしています。
なお、帯域外領域(中心から±10kHz以内) の参照帯域幅については特に定めがありませんが、この部分の不要輻射も上記の観測結果を準用し、OKと判断されます。
以上のように2次高調波が規格値をかなり超えているので対策としてQ=1のパイ型フィルタを1段追加してみました。
パイ型フィルタを1段追加した回路
パイ型フィルタ1段追加したときのスペクトル
パイ型フィルタを1段追加すると2次高調波が 17dB 低くなりましたが、まだ-6dBm ほど出ており規格 NG です。
そこで次にパイ型フィルタに 14MHz の減衰極を付けてみました。
パイ型フィルタに減衰極を付加した回路
14MHz の減衰極を付加した場合
14MHz の減衰極を付加したときの出力波形
減衰極の効果は絶大で2次高調波を-37dBm (キャリアに対して -67dBc ) まで減衰させることができました。高次の高調波もOKです。出力波形も正弦波になりました。
このように減衰極付きのパイ型フィルタを1段追加するだけで簡単に新スプリアス規格に合致させることができました。
5W 以上の出力の場合、新スプリアス規格の規格値は更に厳しくなり、スプリアス領域ではキャリアに対して -50dBc 以上の減衰が必要ですが、充分クリアできそうな値です。
今回の実験は、コイルにマイクロインダクタを使用しましたので出力1ワットまでの評価となりました。
これ以上の出力ではマイクロインダクタのコアが磁気飽和してしまいます。
もっと大きな出力を取出すためには磁気飽和しないように大きなコアのコイルを使用します。
E 級アンプの動作原理
E 級アンプの原理回路
L1 を充分大きな値としておくと Ivcc はほぼ定電流となるため、E 級アンプは定電流源から電流の供給を受ける状態となります。
動作原理を理解するにはE級ネットワークの共振回路を流れる還流電流に注目します。
FET ON 時と OFF 時の還流電流 Ires1, Ires2 を下記に示します。
このように FET ON の半サイクル時と FET OFF の半サイクル時で周期が変化し、FET OFF のときは周期が短くなり、替わりに同じ電荷による共振電流なので電流ピークは大きくなります。
次に FET と C1 に流れる電流に注目します。
FET ON 時、Ivcc はそのまま電源に戻り、L1 はエネルギーを蓄えますが共振回路へはエネルギーは供給さず、FET には、 Ivcc と Ires1 が加算された電流が流れます。
FET OFF 時、L1 は同じ電流 Ivcc を流し続け、C1 と C2 へ分流し、C2 の分流は共振回路へエネルギーを供給し、C1 には Ivcc と Ires2 が減算された電流が流れます。
その結果、 FET と C1 の電流および C1 の電圧は下図のようになります。
C1 の電圧は、電流の積分値となるのでこのような電圧波形となります。
C1 は 必ず電圧ゼロ、チャージゼロからスタートするので、共振回路に流れる還流電流はトランジスタのスイッチングに同期した形で流れます。
この図を FET のドレイン電流と C1 に流れる電流で色分けして描くと下図のようになります。
C1 と C2 を可変して上手く位相を調整すると下図のように電圧に関してはゼロボルトスイッチング(ZVS) にすることができますが、E級アンプは FET の電流の立下りをゼロカレントスイッチング(ZCS) にすることはできません。
C2 の電流は、共振回路の還流電流のみなので下図のように 0 [A] を基準とした (C1電流より Ivcc だけ小さい) 電流が流れます。
ON → OFF のとき、C2 電流はほぼゼロなので 電流源 L1 からの電流はほぼ C1 へ流れ込んで C1 を充電します。
L1 のリアクタンスが小さい場合、L1 の電流は定電流ではなくピークを持ったのこぎり波状となり、リアクタンスが小さいほど電流ピークが高くなります。
L1 が小さい場合、C1 には、この高電流の状態で充電が始まり、高電流なのですぐに充電が完了し、 C1 の電圧も高電圧となってしまいます。
従って L1 のリアクタンスは定電流源として動作できるように出来るだけ大きな値とし、目安として C1 のリアクタンスの 10倍程度は必要です。(WA1HQCネイサン氏の QEX の論文では30倍以上が良いとされている)
L1 が充分大きいと L1 に流れる電流 Ivcc の傾斜は緩くなってほぼ定電流状態となり、E 級ネットワークは定電流源に接続されている状態となります。
L1 が小さいと Ivcc の傾きが大きくなり、C1 の電圧が高くなる
なお、L1 は低インピーダンスで駆動されるため、自己共振 (並列共振) の影響は受けません。
100uH のマイクロインダクタは、およそ 6MHz 付近で自己共振しますが、7MHz E級アンプの L1 として問題無く使用できます。
ただ、L1 には大きな電流が流れますので、コアが飽和しないように、また巻き線抵抗が大きくならないように、コイルを選定する必要があります。
以上のように E 級アンプは、トランジスタが ON のときと OFF のときの共振周波数の違いを上手く利用して ZVS と ZCS を実現している回路です。